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ただいま午前0時。
救急病院でちゃんとした治療を受け、薬をもらって家に帰ると、既に仕事から帰っていたお袋がつかつかとこちらに向かって来、そして思いっきり俺の頬に平手打ちをした。 こんな痛み、さっきのナイフと比べれば何て事ないのだが、やっぱりどんな人よりも、自分の親の怒る姿が一番怖いのだ。 「こんな時間までどこで何していたの!?私、小十郎が何かの事件に巻き込まれたのか思って、心配で、心配で!」 よく見ると、髪はボサボサに乱れていて、目の下もかすかに腫れている。 本当に、心配してくれていたみたいだ。 特に最近高校生絡みの事件が多かったから、帰りの遅い高校生の俺を心配する要素はたくさんあった。 それにも関わらず、俺は家に連絡のひとつもしていなかったのだ。 反省はしている。でもそれでこの人の怒りが収まるわけではない。 「か、母さん、少し落ち着いて」 「あなたは黙って頂戴!」 母が俺に放った銃声に驚いて、後ろから親父が必死でお袋をなだめようとしている。 無謀だと分かっても、挑戦するその姿に感謝したい。 俺の母親はいわゆる鬼嫁。 この家の中では、この人が一番偉い。 父親の体がどんどん縮んでいくように見えるのは俺の錯覚か。 「聞いているの、小十郎!その腕もきっちり説明してもらいますからね!」 そこから一時間かけて、床が板のリビングに正座をさせられたまま、お説教を受けた。 何も口出しが出来なくなった親父は、お袋の背後から、俺に向かって合掌をしていた。 もう完全に諦めてしまったようだ。 この薄情者! ようやく長い説教が終わり、一番安らげる俺の部屋にゴールインすると、疲れがどっと出た。 五年分の生命力を使い切った気分だ。きっと寿命は縮んだだろうな。 ふかふかのベッドに横たわると、眠気がじわじわ出てきた。 しかし、制服で寝るのは、明日の朝、起こしにきた母親に、また説教をくらってしまう。 必死に睡魔に耐えながら、着替えようとしてクローゼットを開けると、一冊の薄っぺらい冊子が落ちてきた。 背表紙には俺の名前が油性ペンでしっかり書かれている。 自分のものだ。 筆記からして最近のものだろう。 そう思って中身を開くと、そこにはたくさんの思い出があった。 高校に入学して、間もない頃に行った遠足の写真が綴られたアルバム。 半年も経ってないのに、とても懐かしく感じる。一頁目最初の写真は、倉林と、日和と、俺とのスリーショット。 確か、倉林と二人でお寺を背景に記念写真を撮るつもりが、途中で日和が乱入してきたんだっけ。 だから驚いた俺と倉林は体制を崩して、彼女だけちゃんとピースが撮れているのだ。 あはは、その下に貼られた写真なんかブレている。 これは、周りに撮影者が居なくてカメラにタイマーをつけて撮ろうとし、風が強くて倒れて、その時丁度シャッターが落ちたから。 次にあるのは、日和が自分の上半身ぐらいある大きさのガラスカップを担いで満面の笑みをしている写真。 これは三人で超特大パフェに挑戦して、俺と倉林は一割食べてすぐリタイアしたのに、その後日和が一人で全部完食して・・、 「あれ・・?」 ポタポタと、水滴がどこからか落ちてきた。 天井を見上げても、雨漏りらしき染みはない。 他の可能性も考えられないだろう。 こんなに目の前がぼやけて見えないからだ。 これは、涙だ。 「うっ・・」 そういえば、二人が死んでから一度も泣いていなかった。 今の今まで、二人の仇打ちのことばかり考えていた。 友達として、一番してやるべきことを忘れていた。 そしてそれは、人の記憶に刻まれることなのだ。 「ああ・・」 もう、二人はいない。 明日学校に行っても二人は「おはよう」と、声をかけてはくれない。 「ああ、ああぁあああ、ああぁあああぁ」 泣いた。 これ以上ないくらいに、俺は泣いた。 これで、きっと明日には、 笑っていられるはずだ。 |