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もう日が暮れて、街灯の灯りが一番明るい夜の星屑公園のベンチに、俺は一人で座っていた。
夜はさすがに寒いな。上着の一枚でも持っていけば良かった。でも、もう遅いか。

さて、明日の学校はどうなっているだろうか。
また今日と同じ空気が流れているだろうか。
それともみんな、時や人に流されて元気になっているだろうか。
俺は既にその一人になりつつあるのかな。
だけど、これだけは言える。どんなに時が経とうとも、俺はたった二人の友達を忘れない。
だから、絶対、目の前にいるコイツを許さない。

「楽にしてさしあげましょうか?」

俺に向かってくるナイフを、木の影から出てきた彼女の木刀が受け止めた。
威嚇的な彼女の登場に、奴は後ずさりする。

「遠慮しておくよ、城内響」
「なるほど、罠でしたか。まぁいいでしょう、二人ともまとめて僕が楽にしてあげます」

ああ、そうか。
この温厚な顔は、こう言う時のために作られていたのか。永百済さんよりムカつく笑顔だ。

「一つ聞いてもいいかしら、貴方はどうしてわざわざ高校生に飛び降り自殺をさせる奇妙なことをしたのか」

彼女はそう言って、木刀を地に置いた。動機を話している内は攻撃しないという意思表示。
もし、不意打ちにこの男が襲って来ても、この相手との距離なら、確実に攻撃を喰らう前に木刀をとれる。

「いいでしょう、ここは公平に」

そう言って、男も同様にナイフを捨てた。

「私が人を殺す理由?憎しみですよ。少し前まで、私はとある女子高生と愛し合っていたのです。私は社会人、彼女は学生、世間からは許されないでしょう。そして最悪にも、彼女の同級生に私との関係がバレてしまったのです。彼女は避難され、いじめにあい、そして・・ビルの屋上から自殺しました。私は彼女をそこまで追い詰めた憎き輩を調べ上げた。無論殺すために。しかし、私は罪を犯すことに躊躇していました。そんな時、私の前に神が現れたのです。人から理性を奪い、更に行動を意のままに操る能力。この力をある条件のもと、習得させてもらいました。どんな形でもいいからハートキラーの仕業だと分かるように高校生を殺し続けるという、ね」

辻褄だけはあっているが、この男の頭は、確実にイカれている。こんな人間に日和は殺されたのか。
ああ、分かっている。ここで俺がキレてこいつを殺したら、俺も奴と同じだ。ここは耐えなければいけない。
でも、それこそ神のような、ものすごい理性がいるぞ・・?

「神なんている訳ないでしょ・・?」

その声は、震えていた。
俺より動揺している彼女の手元を見ると、既に木刀が戻っていた。
二階堂は学校の体力検査の時でも見せなかった、ものすごい速さで相手の懐へと走り、木刀を振った。

「神がいるのなら!」

一、

「私のお母さんとお父さんを!」

二、

「生き返らせてよ!」

三、

「今すぐに!」

四、

「返して!」

五振目で、今まで避けきっていた犯人のポケットから出たナイフと交り合った。
刀身の原料から考えて、このまま持久戦が続けば、確実に負ける方は目に見えている。
しかし、動揺した二階堂は、止める術を知らない。我を忘れている。精神がやられている。

「やめろ!二階堂!」

俺がそう叫んだ時には、ナイフはもう彼女の木刀を切断していた。
このままナイフが二階堂を斬れば、彼女の理性は消えて、欲のままに動く肉食動物のような存在になってしまう。倉林や日和と同じに。
――いや、待て。あのナイフはポケットから出てきた。この男がさっき捨てたナイフではない。という事は、あのナイフは・・。
しかし、持っているのが一本だと誰が決めつけたのだ。
だったら一か八か、

「痛ぇ・・・!」

彼女を庇った腕から、血が出た。
決してナイフに斬られた傷は浅くない。意識はある。
だけど今、俺の心に理性があるのかは、自分でも分からないのだ。
何せ俺は、普通の血と心の血の判別がつかないからな。
切断された二階堂の木刀を、彼女の手から放させる。

「視えるか?俺の血」

永百済さんは言っていた。武器に直接触れた者だけが、心の血が見えると。
もしこのナイフが普通のものなら今、木刀を持っていない彼女にはこの血が視えるはず。

「え、ええ・・」

良かった。本気で終わったかと思った。でも俺は生きている。ちゃんと、人として。
この賭け、俺の勝ちだ。

「あ、うわあああああ!」

城内響は、困惑し、ナイフを捨てた。
普通のナイフを使ってしまったことに、自分でも気づいていなかったらしい。
この男に、過去の犯罪歴はなかった。
心を殺した事はあっても、人を斬る感覚には慣れていなかったみたいだ。

「ごめんなさい・・、ごめんなさい・・、ごめんなさい・・、」

今度は、土下座を始めた。ようやく、自分がした罪の重大さに気付いたか。
だけど、

「どれだけ謝られても絶対俺はお前を許さない」

もう男に戦う意思はないようだ。こうして、この忌まわしき事件は終わった。
――意外と、事件の終わりというのはあっけないものだ。

タイミング良く、いや、どう考えても計算していただろう。
金色に輝く外車が、レーサーアニメでも始めるのかのように猛スピードでやってきた。

「や、お二人さん」

やっぱりそこから出てきたのは、永百済さん(ホストバージョン)だった。
まったく、この人には謎が多い。
とりあえず、城内響に手錠をかけた後、切断された木刀を預けようと持っていくと、いきなり大爆笑。
どこがツボなのかまったく理解できない。
しばらくして、永百済さんはやっと笑い終えた。
きっとサングラスの向こうの目は涙ぐんでいる。

「あー、スッキリした。わかった、この木刀は修理しとくから安心しろ。じゃあね」

こうしてゴージャスな車を走らせて、永百済さんは夜の街に消えていった。と描写した方がいいだろうか。
覚悟はしていたが、さっきから血が垂れ流しの俺の腕には何の応急手当もなかったな。
この仕事に保険はないようだ。
一般素人の俺にはイマイチ境界線が分らないが、この程度の傷なら今すぐじゃなくても大丈夫か。
幸い、近くに病院がある。

「小十郎」

そう俺を呼んだのは二階堂だった。
俺の腕が切られてずっと放心状態だったが、ようやく我を取り戻した様子。

「ありがとう、庇ってくれて」
「いいよ。どうせそういう役目だろ?俺」
「腕貸して」

彼女の言う通りに腕を差し出すと、彼女は血を拭きとるかのように、俺の傷を舐め始めた。
少し沁みて痛いが、それよりも、色んな意味で俺はフリーズしてしまった。
耳から蒸気が出てきたかもしれない。

「はい、これでひとまず、大丈夫だと思う。病院には行くべきだけど」

ようやく俺の意識が地に戻った。いつのまにか、包帯まで巻かれている。
見ると、彼女の長い黒髪が、ふわっと、散っていた。
二階堂は髪に巻いていた包帯を、俺の腕の治療のためだけにほどいたのだ。
包帯から微かに香る、いい匂い。
気のせいだろうか、いつも第二ボタンまで明けているブラウスが、今はやけに色っぽい。

「に、二階堂・・」
「つ・る・ぎ」
「え?」
「特別に私の名前を呼ぶ事を許可してあげる。誇りに思うといいわよ」

いや、別に誇りに思う事はないけれど。なんという傍若無人、俺様気取り。
しかし、もしかしてこれは、彼女とのフラグが立ったとみていいのか。

「呼んで」
「つ・・・る、ぎ」
「ちゃんと」
「剣」
「もっと大きく」
「つるぎ!」
「もっと!」
「剣ぃぃぃいいいいいいい!」
「良し」

そう了承した二階ど・・剣は回れ右をして、おそらく体温が40度近く上がった俺を放置したまま歩き始めた。

「ってちょっと待て!俺はこれからお前を呼ぶ時、ここまで声を張らないといけないのか?そうしないと反応してくれないのか!?」

彼女はその俺の問いかけに、ピタリと足を止め、そして、くるりと顔をこちらに向けた。
さっきまでの掛け合いが嘘のような、俺がいつも一番よく知っている冷静な表情。
もしかして、さっきまでの非日常は、頭がおかしくなった俺の夢か、幻か。
実はバッタリ公園で会った、ただのクラスメイトじゃないのか。
だけど、それは俺の思い過ごしだったらしい。
彼女が、ただのクラスメイトには決して見せないような表情を、たった一人、この俺だけに向けて、したからだ。
まるで天使のような、はにかんだ笑顔を。


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