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学校前に止まったバスに乗って、およそ三十分。
降りた先は警察だった。
そこをぐるりと180℃回って着いた裏側の、影に隠れた小さな扉を、彼女の小さな拳が荒っぽく叩いた。

「いらっしゃい」

そこから出てきたのは、整ったスーツを着ている、証明写真と同じ姿の永百済さんだった。
一つ違うのは、また黒いサングラスをかけていること。
今の永百済さんは自分の目を他人に見せることを嫌っているのだろうか。
それにしても、ホスト姿の時より不自然な格好のような気がする。
格好だけ見ればSPだが、永百済さん本人の体がそれを拒んでいる。
まったく合っていない。

ともあれ、中に入るとそこは小さな会議室だった。
大きなホワイトボードに机を囲った複数のパイプイス。
そこに、二階堂は腕を組み、足も組み、さぞ自分が偉い役を担っているかのように、どさりと、席についた。
俺には真似できない。
彼女に続いて隣に、あくまで礼儀正しくちょこんと浅く座った。

「ここはよくファントム事件に関連した会議が開かれている。今日はもう終わった後だけど」 「進展は?」 「うん、高校生の飛び降り自殺において、被害者たちの心をコントロールしていた真犯人が分かった」 「じゃあ・・」 「教えてください!」

二階堂の言葉を遮って、俺は机を叩いて荒っぽく席を立った。
多分、自分でも分からないくらい醜く動揺している。
少なくとも、流れている汗と挑発した目は変わりようのない事実だ。

「それって俺達の仲間になってくれること?」
「太七、彼は今回だけ手伝ってもらうことにする。彼、絶対使えないだろうし」

冷たく言い放っているが、それは、彼女の優しさかも知れない。
俺がこれ以上巻き込まれない様に。
自分のように、ならない様に。
だけど、

「剣、俺は言ったはずだけど。中途半端に首つっこんでもらっちゃ困るって」

永百済さんが、それを許すはずがない。なら、俺は迷うことなどない。

「俺、やります」

二階堂は目を丸め、永百済さんは再び悪魔の笑みを浮かべた。
この人の思い通りというところが気に入らないが、それでも構わない。
もう、戻れないのだ。

「・・本当に、いいの?」

二階堂にしては、めずらしく申し訳なさそうな、自信の無さそうな言葉の雰囲気だった。
一般人を巻き込んだ罪悪感だろうか。責任感だろうか。
それが、巻き込んだ人間としてじゃなく、俺個人に対しての想いとかだったら良かったのに。
とうとう俺も、頭がおかしくなったらしい。

「永百済さん、詳細を説明してもらえますか?」
「もっちろん」

永百済さんはスーツの内ポケットから一枚の写真をとり出した。

医学的に、心はどこにあるのか。という質問に対して、一番人間が納得できる答えは脳だ。
脳にはあらゆる記憶や考える力がある。
脳科学も発達している今、脳の動きで人の考えも読めると言われているぐらいだ。
しかし、俺が思うに“心”という存在は、どこにもあり、また、どこにもないような感じがする。
たとえば視覚、聴覚などの感覚。
これらがなければ、脳ひとつあっても何も感じない。
もとい、全てが揃わない限り、人が人としての心を持つことはないのだ。
そして、今彼らが言う“心”も、俺の言っている“心”とまったく同じ理屈みたいだ。
二階堂の木刀を含む特殊な武器は、具体的には人間のどこを切っても“心”を殺せる。
武器を持っているからといって、“心”の存在が視えるという訳ではない。
なので、屍を探すのも一苦労。
最終的に判断されるのは、武器に直接肌が触れた者のみ視える(俺の場合、普段から視えるらしいが)、理性を消された時の傷口の有無。
奴らはそこの隙をつき、服で覆い隠される個所を狙うので、一目で判断するのは難しい。
しかし、簡易な屍は、多くのケース、人を襲ったり何かと犯罪に手を染めたりする。
結果、普通の人間の容疑者として警察に逮捕され、そこから支部に送られるというのがほとんどである。

どうやら心を殺せる、また屍を作れる人間は、多くはないが、自分が思っているよりは、はるかに何人もいるらしい。
警察は、その人たちのことをハートキラーと呼んでいる。
全てにそれぞれ武器が与えられているが、そのほとんどは警察から養成された者。
二階堂のように一般市民が武器を持つことは初めてだったようだ。
どちらにしても非科学的な力だが、古くからある五円玉を使うような、特殊な催眠術と思えば、理解は楽だ。
今回犯行を行っているのは、ナイフを使うハートキラー城内響(じょうないひびき)。
ナイフさえ避ければ心を殺されはしない。普通のナイフの原理と同じだ。
ただし、どこの個所を斬られても、心は消え去る。
一発で死んだも同然だ。
動機は不明だが、とある犯行組織の一員という説が有力。
しかし捜査によると、この一連の事件についての犯行は一人で行っている。

「・・というのがまぁ、犯人に関する情報かなぁ」

写真を見る限りでは、犯罪とは無縁そうな、たれ目で温厚な顔の男性だった。
履歴を見ても、ほとんどの人が通るであろう人生そのものだ。
犯罪の過去歴もない。

「人を見た目で判断しちゃいけないぞぉ?こういう系の犯人は、自分が犯罪を行っているという自覚があまりない。しかも、昨日説明したように、心を殺すことには中毒性があって、一回やっちゃうとまたやっちゃうのだよ。ま、それは警察側も一緒だけどな」

ということは二階堂も。
任務と言えど、心を殺すことに何らかの快楽を感じているのか。

「君は視えるけど、ハートキラーにさせる気はないから、安心するといいよ。剣も彼に木刀を渡さないように」

あくまで俺の役目は彼女の安定剤と言いたいのだろう。
俺としては有難いが、あまり役に立たなさそうな気もする。

「それで、具体的にどうすればいいんだ?」

「知―らなーい、その為に君を仲間にしたのだよ。頭良いでしょ、小十郎」

いきなり名前で呼ばれて違和感がするが、“仲間”となったのだから仕方ないのか。
二階堂も互いにファーストネームで呼び合っているし、ここは俺も“太七”と呼ぶべきなのか迷うが、これ以上この人とは深く関わりたくないのでやめよう。

「行こう、二階堂」

これまでの犯行をみると、次の犯行まで空き時間はあまりない。
すぐにでも奴を捕まえないと、また次の事件が起こる。

「いってらっしゃい」

そう言った永百済さんの姿は、閉まった扉に遮られ、見えなくなった。


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