V
「まさか、お葬式の後だっていうのに、昨日の今日で貴方に呼び出しをくらうとは思ってなかった。そう考えながらも、行動を起こせないと思っていた。意外と度胸あるのね。市島君。」
今日初めて聞く、彼女の第一声だった。 倉林の葬式後、俺は彼女を誰もいない場所へと呼び出したのだ。 俺が放課後毎日新聞あさりをする件の公園。そこにはブランコも滑り台もない。あるのは整った平地とごみ箱だけ。 広場と言った方が正しいのか。しかし、正式名所は“星屑公園”。誰が何と言っても公園が正解なのだ。 逆に、広場と言っても、それはそれで嘘になる。まったくもって、この地は広くないのだ。野球をするスペースさえない。 だからここには子供が集まらない。この場所に来るのは、たまにゴミを捨てに通りかかるサラリーマンぐらいだ。 だからここを選んだ。問い詰めるには、最適の場所。 「やっぱりお前が倉林を殺したのか」 「違う、・・・と言えば嘘になるし、そう、と言っても嘘になる。私は“人殺し”はやってないもの」 言葉遊びか。俺をからかっているのか。彼女の言っていることは、まったく意味が分からない。 一瞬、自分が低能なのかという勘違いをしてしまいそうだ。 そんな俺をまったく気にすることなく、彼女は続けた。 「私が伐ったのは、彼の屍。本能の部分を消去しただけ」 ますます意味が分からなくなって、ぐしゃぐしゃと頭をかく。何の専門用語だ、それ。 「意味不明なこと言って、この場から逃れようと考えているんじゃないのか」 「まさか、私はそんな無駄なあがきはしないわよ」 二階堂は細くて長い指を二本立てた。 「人は大きく分けて、二つの心を持っている。ひとつは本能。主に人の欲望ね。もうひとつは理性。自我だとか、優しさだとか、人として理想的な部分。この二つの心の器、ポケットがなくなった時、人は内から死ぬ。あなたが見たのは人の体内の血ではなく、そのポケットが破裂した時の血。普通の人には視えないはずなのだけれど、どうしてあなたには視えたのかしら?」 二階堂は二本立てをしていた手を今度は顎に軽く当てて、少しの時間考えた。 この間にまったく話に着いていけてない俺の頭の整理をしようとしたが、まったく無理だ。不可能だ。 そう俺が諦めたのと同時に二階堂も考えるのを諦めたようだ。 「まぁ、いいわ。その二つの心の一つ、理性のない本能だけで動いている者を私は屍と呼んでいる。呼び方は人様々だけどね。ファントムって言っている人たちもいるし、あとは、ゾンビ、生き霊だとか・・。倉林君はあの時それになっていたの。屍は危険な存在。欲のままに動き、最悪な場合、人を殺しかねない。だから私は、自分が持つ特殊な木刀で屍を退治しなきゃならないの」 いわゆる、これは非科学的なファンタジーの世界だ。 そう認識することで、俺の頭の整理は全て片付いた。 つまり、二階堂の木刀は勇者が持つ不思議な剣。 人間が何かしらの理由で化け物になり、二階堂はそれを退治していると。 しかし、それで説明は完了されていない。 あの時の倉林が屍で、二階堂は退治しなければいけなかった。 それで何で倉林は事故で死んだことになっているのか。重要な事が欠けている。 何より、信用できない人間から、信用できない話をされても、信用できる要素など一ミクロもない。 「それが本当だとして、なんで俺に話す?一般人には言えなさそうな話じゃないか」 「さっきも言ったように、あなたには私が屍を殺した時の”心の血”と私の木刀が視えた。それが少し気になってね。まぁ、全て話した時点で、催眠術で忘れさせることもできるから大丈夫よ」 二階堂が一端言葉を切った。 話題が切り替わる合図。 「ちなみに、最近勃発している連続自殺も屍絡み。ただしこの事件、少しおかしいの。屍になったからといって全員が自殺するわけでもない。例を出すと、いじめで自殺したくなった人間の理性を殺した時、自殺することよりも先に自分をいじめた人間の復讐が頭に出てくるケースが圧倒的に多い。よほど世界か自分に絶望した人間でもなければ自殺なんてしない。しかも、今回自殺する人間が高校生と限られている。一番納得できる考えが、屍の欲をコントロールしている者がいるってことね」 こいつは何でこう、俺の考える暇も与えず次から次へと話を展開させていくのか。 つまり、その人間が屍になる何かしらの理由には犯人がいるってわけか。 何で同じ日本語なのに認識しようとする度にいちいち分かりやすく訳さないといけないのだろうか。 「おそらく、日頃から自主的に人の理性を殺している者。もしくは者たち。私たちはそれを追っているのだけれど、中々足取りがつかめないのよね。屍と化して窓から飛び降り自殺しようとした倉林君に訊いてみても他同様一方的に襲ってくるばかりで話してくれなかった。それで私が彼を追い詰めた時、あなたが現れたのよ」 ・・・・・・・、 「・・説明終了か。それで、そんな理由で倉林を殺したのか」 「そんな理由?」 「屍を殺すことが自分に与えられた使命だってか?同じことだろ。本能しかない人間の本能を殺したら死ぬってわかっていたのに・・、お前は“死にたくない”って叫んだ倉林を見殺しにしたんだ」 こいつの言うことが本当なら、確かに分かる。 もし、倉林が人殺しになってしまったら止めなくてはいけない。 心や屍を“殺す”という表現から、きっと失われた理性というのは戻ってこないのだろう。 倉林は屍と化し、人間には戻れない。だから、倒さないといけない。 でも俺には、倉林を殺す理由があまりにも納得できないのだ。 誰かから理性を殺されただけで、倉林には何の罪もない。 これでは哀れにも、加害者にされた被害者だ。何故この世はこうも理不尽なのか。 いや、違う。俺の怒りの理由はそこではない。 これは悲しみの理由だ。 いきなり怒り気味になった俺の言葉に動じず、二階堂は「ああ」と勝手に自分で納得し始めた。 「そうだったわね。倉林君と貴方、とても仲が良かった。別に私を恨んでもいいけれど、どうしたって彼は戻ってこないのよ。それに、一回屍になってしまえば、人間に戻ることはない。殺すしかないの。殺さないと殺されるんだから。それより、あなたには用がある」 倉林を殺した手で腕を掴まれて、強く振りほどいた。 「俺がその“心の血”とやらが、見えたことだろ。悪いけど、俺はただの人間だ。一般人だ。もちろん何も知らないし、霊感なんてもってない。視えたのはたまたまだろ」 俺が何をしても、何を言っても、二階堂は動じない。それが俺の感に触るのだ。 どうしてあんな残酷な事をして、そんな余裕でいられる?お前こそ、真の “屍”なんじゃないのか? クラスメイトを殺しても冷静でいられる、冷え切った目。まるで外側から傍観された気分になる。 チェス盤の上で都合よく動き回される駒のような。 「悪いけど、そんなことは起こらないんだなぁ。市島小十郎君」 全く気配などしなかった自分の背後から、その言葉と共に、俺の右肩に手が置かれた。 振り返るとそこには、黒のサングラスをかけた白髪のツンツン頭の中年男性がいた。 肌蹴た黒のワイシャツに白のスーツ。まるでホストだ。 「誰だ?二階堂の仲間か?」 「仲間?」 そいつはきょとんと首を傾げた。かと思うと、次はおもいっきり笑いだした。 「仲間か!いいな、その響き。剣ぃ、お前と俺は今日から仲間だということにしよう。俺は永百済太七(ながくだらたひち)。ちゃんと本名だから、ほら」 自己証明のために見せられたのは、警察手帳だった。 開いたそこには確かに、“永百済太七”の文字と目の前の男と同じ顔写真。 ただし、写真の中の男はキチンとした格好をしている。 今の服装とまったく違うし、目もサングラスが邪魔でイマイチ確認できない。 別人かと思ったが、つんつんはねた癖っ毛と輪郭からして分かる。 「永百済太七・・さん。警察の、人、ですか?」 「イエス。俺は主に、ファントム関連の事件を担当している。警察つってもその中の一部の人間しか知らない。それぐらい秘密な存在なのだよ。ファントムが死んだ時だって、一般人や病院は病死か心臓発作だと判断する。何でったって血がみえないから。武器と接触していない者以外に視えるなんて事、初めてのケースなのだよ」 こんな不可解な事件は、警察も絡んでいるのか。 確かに警察なら、倉林の死因も書き換えられるかもしれない。 にわかには信じられないが、わざわざこの警察手帳を偽造しているということはないだろう。 今この場所に人はいない。もしも、この永百済さんが二階堂の共犯者なら一瞬で俺を殺そうとするはずだ。 「まぁ、それは非科学的な事だから、君の目を調べたって何も出ないだろう。何が言いたいかっていうと、これから先、この機密事項であるファントムの事件を噂話にしたり、興味だけで中途半端に関わってもらったりしたら困るわけでぇ」 いちいち言動に腹が立つのは俺だけか。 外見にしろ、中身にしろ、本職はナンバーワンホストなんじゃないか。 そんなしょうもない事でイラつきを抱えている俺に、永百済さんは指を指した。 「つまり君も、俺の部下・・違った、仲間になってもらう」 「ハァ!?ちょっと待ってよ、太七。勝手に話進めないで。こいつ見えるだけで何の戦力もなりやしないじゃないの」 びっくり仰天。 今までずっと黙りこんで空気と化していた二階堂が大声で怒鳴った。 初めて二階堂が焦った顔を見たような気がする。 それが俺に関する事なのが、少し気に喰わないが。 永百済さんは、そんな二階堂の肩をポンポンと叩き、ニッコリ満面の笑みを浮かべた。 眉間の影が濃い。悪魔の笑顔というのは、きっとこんな風なのだろう。 「うんうん、そうだな。だから剣のサポートを担当してもらおう」 「ハァ!?」 本日二回目の「ハァ!?」である。 嫌われることには慣れているが、こんな直球な表現をされたのは、人生初かもしれない。 二階堂は完全にキレたようで、持っていた制カバンを永百済さんに投げつけた。 鞄は見事に奴の顔を直撃。 振り返る時に何故か俺をキッと睨みつけ、一歩一歩大きく足音を鳴らしながら、公園の出口へ歩き始めた。 永百済太七。さっきからこの男には驚かされてばかりである。 いきなり現れるわ、クラスで冷静沈着のレッテルを張られている二階堂をここまでキレさせるわ。 この人間は貴重種に違いない。 「彼女には精神安定剤が必要なのだよ」 投げつけられた衝撃で赤く染まった顔面のまま、後ろ姿の彼女には聞こえない小さな声で永百済さんは話した。 「それが俺だっていうんですか」 「うん。やっぱりファントムを伐る者って、普通じゃいれない。“心”を殺す感覚って麻薬のような中毒性がある。どっかの精神は確実にやられるな。特に剣は新人だから」 落ちた鞄を拾い、「はい」とニッコリしながら俺に渡す。 え、俺が持っていくのか。 断れば何かされそうなので、反撃のひとつでも言おうとしたが止めた。 「彼女は、両親をファントムに殺されたんだ。目の前で。その事件は俺が担当していて、それで俺がミスって全部バレてしまって、そしたら彼女に『私に従わないとファントムの事全部バラすわよ』って脅されてさぁ。仕方なく俺の木刀を彼女に受け継がせた」 屍に、両親を殺された。――そうか、だから 「あの木刀、元々永百済さんのだったのか」 「イエス。愛しい相棒だったけど、彼女なら任せられるって思ったから。本来、ファントムの退治屋は警察の中から養成していくんだけど。熟練された俺の武器を継いだことで、彼女はすぐ戦えるようになった」 俺に話したい全てが言い終わったのか、永百済さんは彼女が歩く反対方向へとゆっくり歩き始めた。肩から覗いた手が俺に向けて、さよならの合図をしている。 ここでちゃんと返事を言わないと、流されてしまう。 「言っとくけど、俺はやるつもりないから!」 大きな声で言ったけれど、永百済さんは聞いちゃいなかった。 きっと耳には入ったが、それを脳が受理しなかったのだろう。 少し猫背の背中は何も反応を示してはくれなかった。 彼女が屍退治をする理由を聞き不思議と怒りは消えた。 大切な人の敵討ちなら、どんなに残酷な事でも出来る。 恨まれようが不幸になろうが、どこまででも耐えられる。 冷血じゃなくて、二階堂に流れているのは人と同じ熱い血。 きっとそう。 そうは納得できたが、俺の中で、友達を殺された憎しみと悲しさは消えないのは確かだ。 俺が二階堂を手伝うということは、俺が、今の俺みたいな人をまた出すということだろう。 置いていかれる、悲しい人を。 「野球選手になりたかったんだって!」 そう叫んで、二階堂にストレートで、鞄を投げた。 球と違って不安定な形をしている鞄は、ぐるんぐるん回る。 二階堂はそれを軽やかにキャッチした。しかもちゃんと持ち手の所。 半人前といえど、反射神経は並の人間よりいいらしい。 「貴方もしつこいのね」 彼女は俺が誰のことを言っているのか分かっていた。 自分が殺した、一人の少年。 クラスメイトのことなんて、そこらに転がっている石ころぐらいにしか見てないと思っていたが、案外そうでもなかったみたいだ。 野球好きの馬鹿ってことぐらい、彼女だって知っていたのだ。 「殺すってさ、未来を、その人の夢を殺すってことだろ?その責任を背負うってことだろ?」 二階堂は何も言わず、こっちを見ている。 もちろん、いつもの冷静な表情で。 その目をしっかり見て、俺は言い切る。 「俺はそんな役目、荷が重いから出来ない!」 少しの間が俺と彼女の間に流れた。 「そう、じゃあさよならね」 その“さよなら”の意味を俺は理解していた。 明日からまた、ただのクラスメイトに戻ろう。 言葉を交わさない、まったく関わりのない、同じ教室で授業を受ける、同じ空間で息を吸う、ただそれだけの存在に。 俺は頷いた。それが、最善の選択。俺にとっても、彼女にとっても。 そう思っていた。 この時、彼女に俺の屍に関する全ての記憶を消させなかったことを、俺は、後悔することになる。 |