T



―――此処ニ全テ始マル

人は心を隠す
それは自我という理性が本能を抑えているから
この世界に誰ひとりとして全てに満足している者などいない
それが世界の原理なのだから


さぞ当たり前かのように、公園のごみ箱に捨てられていた今日の日付が記された新聞をとり、丁度隣にある茶色い木造ベンチに座って読んでいた。
混ざっていた他のゴミに感化されたのだろう、油でしっとりしていて変な臭いもするが、さすがに今朝捨てられたものとあってさほど気にならない。
放課後、赤く染まる空の下。
人通りの少ない小さな公園で一人、漫画や成人向け雑誌ならまだしも活字だらけの新聞を読んでいる高校生は、やはり珍しいのだろうか。
たまたま通りかかった女子中学生二人組が、こっちを見ながらこそこそ話している。
明らか自分達より目下に見られている嫌な感じがするが、所詮暇つぶしの戯言。
それに対しても、さほど気にならない。
自分にとって、問題は新聞の中身だ。

“高校生連続飛び降り自殺”

――今朝のトップもこれか。
わざわざ開かなくとも分かってしまうこの優鬱。思わず溜息が零れる。
日課である新聞あさり。これを一番初めに見るのは、今日でもう三日目だ。

一週間前の事である。会社帰りのサラリーマンなどが居酒屋で集ったり、一人暮らしの若者がコンビニで賞味期限ギリギリの弁当をスーパーに買いに行ったり、暗いといえどまだまだ人々が交り合う街中の夜8時頃、マンションの屋上から、女子高生が降って来たらしい。
その少女は、頭から打って即死。他殺とも思われたが、その場所は立ち入り禁止で、他の人物が入った形跡はなく、彼女が一人でマンションに入っていく姿も目撃されている。
自殺ということになり何だかんだ理由を後付けされ、新聞の片隅に小さく掲載される程度で事は終わるはずだった。
しかし、その翌日、またしても飛び降り自殺があった。今度は少年だったそうだが、その二人には高校生という共通点があった。
偶然だとも思われたが、その翌日も、その翌日も、またその翌日も、高校生の飛び降り自殺が絶えない。
日が重なる事に、掲載される記事は大きくなり、三日前からトップを飾るようになってしまった。

「物騒なもの、読んでいるね。小十郎」

その言葉と同時に、頭から肩にかけて、彼女の腕が後ろから圧し掛かる。
決して重くはないが、軽くもない。
わざと体重をかけてやがる。
上から垂れてくる彼女の横髪が、頬に触れてくすぐったい。
茶髪にウェーブ。行動といい、言動といい。振りむかなくとも、顔を見なくとも、誰なのかはまる分かりだった。
その人物が一体どういった生物なのかを聞かれると、俺はそれで一冊の解説本が作れてしまうので、最低限友達程度が知る情報までとしよう。

――伏日和(ふしひより)。
俺のクラスメイトで、幼稚園からの幼馴染。
ロングでウェーブのかかった茶髪の少女。
いつも明るくて、クラスの女子でもおしゃれな方。
友達も多く、俺とは対照的な存在。・・にも関わらず、彼女は俺に対して、度々何かしらと首を突っ込んでくる。
それが彼女の長所なのだが。

「健全な男子高生が、公園でひとりぼっちとは・・」
「煩い。お前も少しは社会について勉強したらどうだ。毎回赤点ギリギリセーフの伏日和さん?」
「それはホラ、頭がとてもとてもよろしい市島小十郎(いちしまこじゅうろう)君が私の代わりに勉強して、テスト前には教えてくれるから」
「いい加減、俺に頼らないで自分の力だけでやってみろよ。俺だって暇じゃないんだぞ」

というのは真っ赤な嘘。
友達は少数派。
遊ぶ相手も得に居ないので、暇は持て余すほどある。
これは勉学に冴えている俺に甘えっぱなしの彼女の自立のため。
同時に、明るく親しんでくれる彼女に甘えっぱなしの俺の自立のためだ。

「小十郎に教えてもらわなきゃ、意味ないもん」
「どうしてだ?」
「またこの新聞自殺のこと?今の世の中って怖いなぁ」

真剣な事言って話をそらしやがったな。
まあ、こちらもそこまで問い詰めたい質問でもないのでよしとしよう。

「真面目な話、不気味だよね。確かこれで七人目だったかな。証拠とかは見つかってないけど、事件って噂もあるらしいよ。こんな一斉に高校生が自殺するなんてするわけないものね。しかも飛び降りなんて、いかにも痛そうな。自殺する動機だって曖昧だし」
「飛び降りなんだから、即死で痛いのなんて一瞬だろ。首吊りよりはよっぽどマシだよ。動機だって、人それぞれだろ」

とは言うものの、日和の言うことにも一理ある。だからこうして俺は眉間にしわを寄せて毎日毎日考えている訳だが、どれだけ色んな可能性を考えても結局はゴールひとつ前の落とし穴、『スタート地点へ戻る』の目を当ててしまうのだ。素人が探偵ごっこなんてしても無駄なのに、それを最初から解っていても頭が勝手に考えてしまう。俺の悪い癖。

「でも、こんなたくさん人が・・もしかして、何か幽霊的なものが操っていたとか!・・なんか怖いなぁ、明日には自分の知らないとこで自分もいなくなってそうで」
「そんな非科学的なことありえないから安心しろ。しかも笑えないそんな例え、らしくないぞ」
「そうだね、ごめん。よし!それじゃ、パフェ食べに行こう、パフェ」

何がどうなってそうなるのだか。
十年以上の付き合いだが、俺は未だに彼女の思考回路が読めない。
そして、その彼女の思いつきに逆らえないのが、十年以上続く俺と彼女のセオリーなのだ。
そう諦めかけて、ベンチから立ち上がった時、ふと思い出したのは机の中に置きっぱなしにされた世界史の教科書だった。

「ヤバイ!課題学校に忘れた!悪いけど先行っといてくれ!」
「えっ、ちょっ、待っ・・意味分んないんだけどぉ!」

キーキー怒りの声が走っている俺の背中に突き刺さるが、明日の世界史担当教師の説教の方がよっぽど怖い。
日和には後で土下座して、ひとつ五千円もするウルトラDXパフェを奢ってそれでチャラにしてもらおう。
すまないマイ財布、また小遣い日までの一か月間空腹に耐えてくれ。


Uへ